上野義道ホームページ-高井戸だより

Ｘ月Ｘ日

もう５年近くになりますが、浴風会＜社会福祉法人「浴風会」は、1925年（大正14）設立の養護老人ホームです。http://www.yokufuukai.or.jp/＞で毎月一回開かれる、そこに住む人たちの句会に参加させていただいています。会場が拙宅に近いのと、人数がいつも10人以下というのが永続きしている理由でしょう。以前一度、バスを乗り継いで区内のある句会に参加したら、会場が芋の子を洗うような混み具合なので、びっくりして引下りました。

句会の一週間ほど前になると、あらかじめ出してある一人５句の句稿が事務の人に清書されて、作者の氏名なしで送られて来ます。封を切ってざっと目を通し、自分の句が間違いなく印字されているかを確かめ、おもむろに気に入ったものを、当日会場に持参するために選びます。この選句は作者の名前がわからないのですから、これは誰の作品だろう、などと考えながら進める楽しい作業です。

当日は決められた時刻に会場に行くと、投句者の名前が印刷された紙が会場に届けてあります。それを先日受取った清書の下に糊付けすれば、誰の詠んだ句かが、そこで初めてわかる仕掛けです。
さて一同が集まると「では始めましょう、今月もよろしく…」となって、当日の出席者全員の口から、それぞれが選んだ句が発表（‘披講’というのでしょう）されます。限られた数の句が大勢に選ばれるときと、反対に選択が多くの句に散らばるときとがあります。自分の句が選ばれた時は理屈抜きに嬉しくなって、なぜ選んでくれたのかなあ、などと考えたりします。こうして出席者全員の選句が一通り終ると、今度は講師（‘宗匠’ですね）がすべて番号のふってある一句ずつに、感想と批評、時にはその句に使われている言葉やその配列を直してくれます。出席者一同ただただ感心して聞き入ります。ほかの人の句でも、自分が選んだ句を宗匠がほめると嬉しくて、これが回数を重ねると、講師の感想や批評は聞いていれば、自分では気づかなかった俳句に対する新しい見方がわかるから、自分の選句眼もまんざらではないなと思うこともあります。出席者の多くが選んだものが必ずしもほめられないし、誰も選ばなかった句が秀逸とされることもあります。講師のいる句会の肝心なところはここにあるようです。講師なしで、出席者が互いに選んだものを点にして優劣を決める、そうした句会もあるようですが、そうすると、外国語の勉強会でその言葉を母国語とする人のいない会のようになって、俳句でものを見る目が養われにくい－とまあ考えています。

さてそうこうしているうちに句会が進んで、誰もが次第に自分中心になります。例えば宗匠が他の人の句をほめると妙気持なになったりするのです。つまり文字通り “優劣”で、人や自分の作品を見る世界に入って行きます。

先日の句会でこんなことがありました。それは選句と批評が済んで会も終りに近づき、めいめいが講師に質問したり、今日の感想を話合ったりしているときでした。仲間のIさんが、その日講師から特別ほめられた句を詠んだ人に向って「○○さんは上手でいいなあ。私なんか…」と言いかけた時、講師が「ひとのことなんかどうでもいいの！自分のベストを目指すのよ！！」と一喝したのです。私は「なるほど、たしかにそうだ。いくら他の人が良い句を詠んでも、自分に工夫がないと上達はおぼつかない」と、ふだんも自分の怠慢を棚にあげて、人をうらやむことの多いのが日常だなと、文字通り一喝された感じでした。