上野義道ホームページ-高井戸だより

Ｘ月Ｘ日

よく晴れた立春の一日、この季節に一斉に公開される京都市内の寺宝を、観光バス<*>で訪ねました。そのときのバスのガイドさんに聞いた印象的な話を。

まず、古都は伝統の生きる街。伝統といえば何と言っても着物＜「和服」ですね＞が第一にあげられます。今日の京都は街の外から来る人が、着物で観光するのを歓迎しているそうです。着物を着てゆくと「京都きものパスポート」が無料で手に入り、例えば二条城のような観光名所に無料で入場できるし、お店によっては割引などの特典があります。ところが昨今は、着物を着るのに慣れていない人が、歩いているうちにだんだんと着崩れてきて、困る人が多いそうです。そこでそうした人たち向けに、市内にはそこに行くと着崩れを無料で直してくれるサービス＜その名も「着崩れレスキュー」！＞があること。そればかりか、お蕎麦屋さん、普通の商店、コンビニエンス・ストアのようなところでも、同じサービスをすることが、市内では暗黙のうちに広がっているそうです。これによって観光客は、地元の人との自然な会話を楽しむとができるのです。これを聞いて、バスの中の40人ほどのお客さんがどっと笑い、そして「なるほど」と感心しました。

もうひとつ。あと一ヶ月もすると、京都は春を訪ねる観光客で埋まります。そして、そうした人の多くが、以前一度は京都に来たことのある人達だそうですから、当然のように、これまで行ったことのない所に行きたいと言い、見たことのないものを見たがります。ところで、最近多勢が行きたがる場所の一つは、全国のテレビで流れる、JR西日本の「そうだ、京都行こう」のキャンペーンのコマーシャル・フィルムの舞台になった所だそうです。「そうだ、あそこに行こう」と言うわけなのでしょう。そこでその道の専門家と見られるバスガイドさんにも、当然ながら「あのフィルムの撮られた場所はどこですか」と質問が沢山来ます。ところが「『そうだ、京都行こう』のキャンペーンのコマーシャル・フィルムは京都では流れないんですよね」とガイドさん。ここでも「そりゃそうだ」とお客さんは大笑い。そこで一息継ぐと「ですから私たちは、京都では見られないJR西日本の『そうだ、京都行こう』のキャンペーンのコマーシャル・フィルムの舞台になった所を前もって調べておくんです」と言葉を続けます。お客さんはまたも「なるほど」。

新潟から来て今の仕事に就いたという、うら若い当日のガイドさんは、これ以外にも、最初に訪れた東寺の境内にいたロケ隊は「あるアイドル・グループの新曲のプロモーションビデオの撮影のために来た人達ですが、当のタレントさんたちはこれから到着するそうです」と“即席取材”の結果を報告。ある寺院の山門から降りて来たお客さん＜寺院の境内での案内は、土地の観光協会に所属するガイドさんがするところは、欧米並みです＞に「私は山門に昇って見る風景が、その一山の伽藍の配置が一望できるからとても好き」。バスがいま後にした庭園を自分の気に入った季節に訪れて、いつも念入りに見る場所の説明をしてから「その季節にはまたぜひ来てください」などと話しかけます。こうした自分の経験をさりげなく織り込んだ説明は、聞いている方を「なるほど」と思わせるものがあって、当日の乗客からなかなか好評のようでしたし、私にも印象的でした。

考えてみると、このガイドさんの話が印象的だったのは、その中身の新奇さもありましたが、この頃聞くことがめっきり少なくなった「自分の言葉で語る大事さ」を私に感じさせたから、とも思えるのです。

<*>「『京の冬の旅』みやびコース‐京の国宝と障壁画をたずねて」
　　　（東寺→天龍寺→仁和寺→妙心寺）＜http://www.kyokanko.or.jp＞