上野義道ホームページ-高井戸だより

Ｘ月Ｘ日

こんどのアメリカとカナダへの出張は期間が一週間と短いので、出発時間を半日繰り上げるなどして出発の翌日（暦の上では同じ日）の昼にはミネアポリス・セントポールのセントポール側のホテルに入ることができました。夕方の約束までにはまだ少し時間があります。そこで私は荷物を置いて町を30分ほど散歩してから、ある｢再会｣のために、この辺りでは有名な市立図書館（The Saint Paul Civic Library）に向いました。

図書館はルネッサンス風の石造りの巨大な建物で、中に入ると書籍のインクやら、紙やらの匂いがプンと鼻をつきます。西日の射し込む各階の閲覧室では、大勢の市民が静かに調べ物や読書をしているのが見えました。
「定期刊行物」と表示のあるカウンターに近づいて、中にいる大学生の年頃の女性の係員に、「1950年前後の『ライフ』誌を見たいのです。詳しい号数はわかりませんが…」と言うと｢それでは地下の書庫に合本がありますから、直接行ってご覧になれるように手続きしましょう｣。こうして私の『ライフ』1948年12月最終号と数十年ぶりの｢再会｣は実現しました。

日本が戦争に負けてから僅か3年4ヶ月後の1948年12月、英語を始めて間もない13歳の少年は，外国の風物への漠然とした憧れのようなものから、両親にせがんで写真雑誌『ライフ』を2冊も買ってもらい、何が書いてあるかさえわからないままに、何回も何回もそのすべてのページに親しんだものです。
その一冊がこんど再会を願った1948年12月最終号で、これは同誌恒例のキリスト教美術特集号です。そこに掲載された、北イタリアはパドヴァのスクロヴェニ礼拝堂にある壁画、ジョット（Giotto 1267-1337）の描いたキリストの生涯の物語のカラー印刷は、生涯忘れがたい印象を少年に残したのです。今、手にとって改めて｢読む｣と、これらの絵が奇跡的に今次大戦の戦火を免れたこと、ここにキリスト教美術と近代絵画を結ぶ原点があること、などが記されています。500年前の壁画は光り輝き、与える感動は50年前と少しも変りません。

目指すページを一通り見て、｢他にはどんな記事があったのだろう…｣と思いながらページを繰った私の目に｢ヨーロッパの子供達の日々｣という見出しが飛び込んできました。たった３年前に終った、第二次世界大戦を生き延びたヨーロッパの子供達の日常を伝える4枚の写真が、見開きの2ページに載っています。
ベルリンの廃墟で瓦礫の山に登って遊ぶ２人の男の子、乏しい食料を補おうと畠を耕すユーゴの兄弟、ドイツの戦災孤児収容施設の授業風景。誰もが粗末な身なりと裸足で、当時の自分と同じ年恰好の子供達です。そして残る一枚は、教室の黒板を背にした12、3才のポーランドの少女のセーター姿。しかし、黒板に見えているのは無数の不規則な、縦横の線だけで、写真の説明には｢これが彼女の『自分の家と家族』と題する絵である。彼女は両親と家族全員を失った｣とあります。私の目は思わず、この少女の写真にくぎ付けになりました。私自身も経験しながら、とうに忘れ去った50年前の敗戦国の日常がよみがえります。この少女は今でも生きているのだろうか？生きているとすれば、この50年間にどのような境涯をたどったのだろう？さまざまな思いが浮かんでは消えて行きます。こうして私は、地下室のほの暗い裸電球の下に、時の経つのも忘れて、いつまでも立ちつくしていたのでした。
（ラーニング・マスターズ｢社内報｣1997年11月号に加筆）■<071010>