上野義道ホームページ-高井戸だより

Ｘ月Ｘ日

梅雨の晴間に大学街の古書街を回りました。以前その近くに借りて、5年間通っていたオフィスを引払って以来ですからほぼ3年ぶりです。ただ実際は、買うと決めた本をある店に引取りに行って、そのついでに目的の店以外の10軒ばかりを回ったのです。

どの店も冷房がついているから、その前に立つと入り口のガラス戸が閉っています。ただ閉っているガラス戸はいわゆる自動ドアですから、店に入れます。自動ドアが普及する以前には「開けたら閉めること」などと、書いてある店もありましたが、これは大学街の珈琲店、そばや、食堂などにも書いてありましたから同じことです。冷房がなくて、ガラス戸が開けっ放しだった頃の夏には、本を探していると店の前の街路樹に蝉が来て喧しく鳴き立てることなどもよくあったのを覚えています。

どの店も、そこの主人かおかみさんがひとり店番をしていて、ラジオを聴いているか、電話しているのは昔とあまり変りません。中にはテレビを見ているところがありますが、これは今でも少ない。

店先に出ている廉価本の棚をハードカバーの、しかも大型本が占領しているのが目立ちます。場所をとる本は敬遠されるのでしょうか。文庫本や新書はあふれていて、ほとんど一律に廉価扱いですし、店の半分が漫画本の所もありました。

こうした商品の価格を見ると、余り安いのでびっくりします。昔の仲間には、あの店この店と歩いて、端本で全集を揃えた猛者がいましたが、もうそんなことをしなくとも、「揃」が安く手に入る時代なのです。この人たちは古書の商いで生きていけるのかと、余計な心配もたくなります。どの店も「古本高価買入」とありますが、店頭の値段から見て、誰もそうは考えていないでしょう。

店によって、店内が乱雑派と整頓派に二分できるのは以前と変りません。ただもう本が多いと圧倒する店なのに、棚が整理されていないで、同じ本があちこちの棚に分れて置かれているところがあります。こちらがそれに気がつくと、廉価の棚でも巻数などその順に並べておきます。そうした所では、本が買入れた時のままの状態？で、紐で束ねられたままのものにしてあるのが目立ちます。でも反対に、店構えが新しくガラス張りなど小奇麗な店に入ると、商品が貧弱に見えるから不思議なものです。

それぞれの店が個性のある品揃えを考えていますが、それも以前ほど際立ったものではありません。「おや、こんな本がまだ売られている…」と興味をひく本（昭和20年代の白水社のフランス小説など）もありますが、もっと後の「岩波写真文庫」や「日本古典全書」などを知っている店は少なくなりました。

近頃は古書の購入も、インターネットで検索できるようですが、ほこりっぽい古書店は、父母の書棚に並んだ本の背を眺めて育った世代の一人としては、やはり直接行くに限る私の好む空間です。そこにある書棚は、新刊書店や図書館の整然と並んだものとは違います。たまたま手にした書物のページが、以前の持ち主を想像させることだってあります。

私が最近多くの時間を過す荻窪駅がある中央線沿線は、もともと古書店の多いところで、その南口に今もある三軒の店は時々覗いてもそんなに多くの時間は割きません。ところが、こんど行った古書街では、昼食の時間をはさんで４時間ほどを過しました。 ■