上野義道ホームページ-高井戸だより

Ｘ月Ｘ日

毎月ほぼ決まった日に決まった街への往復があるので、その街の古書店に行きます。散策のために行くのではありませんが、そこでなにがしかの時間を過ごすのですから、散策のような楽しみです。古書店では店に入らず、まず店頭に出ている台の上に無造作に並べられた本を見て、何種類かの叢書・全書の端本の類を意識して探します。そうしたものは店頭の台を探すと見つかることが多いと知りました。そうした中に、「岩波写真文庫」があります。

「岩波写真文庫」は、1950～1958年に286冊が刊行されたそうです。各冊B6版64ページ（と巻末に刷ってあります）の中味は、選ばれたテーマに関する説明が200枚前後の大小モノクロ写真に沿って展開します。最近一部が復刻されたようですが、私が集めているのは旧版ばかりです。手元にあるのは、私が学生時代に買ってこれまで持っていたものを入れて20余冊と、全発行分の一割に満たないのですが、自分で選んだテーマで、一枚一枚写真をゆっくりと見ながら説明を読むのは楽しいものです。
各巻の選択は、自分の好みのものに偏していて体系的ではありません。そうしたものを無理やりに分けると、「地誌」＜『松江』、『奈良』など＞」、「現代史」＜『広島‐戦争と都市』、『悲惨な歴史‐ドイツ』など＞、「人物伝」＜『ジョット‐』、『仏陀の生涯』など＞、「芸術作品」＜『信貴山縁起絵巻』、『鳥獣戯画』など＞、「伝統芸能」＜『文楽』、『能』など＞、「歴史的建造物」＜『正倉院』、『ルーヴル美術館』など＞、「そのほか」＜『自然と心』、『仏像‐イコノグラフィー』、など＞「自然」＜『北アルプスの山々』など＞です。このほかに、自然科学の膨大な分野がありますが、私は一冊も持っていません。

各巻の写真説明は決して入門書のそれではなく、各巻で取り上げられたテーマについて、それまで読者が漠然と、しかも断片的にしか知っていなかったことや、明らかに誤解していたことの起源や細部についての記述が目立ちます。それに、また当然ながら、各巻いたるところで、テーマをめぐるその時代の先端の活動や発見を伝えていますから、こうしたことが、今日から見ると貴重な歴史的な記述になっています。
そうして、いわば固い話ばかりの中味とは一転して、各巻末尾のページには、写真を使った刊行物の利点が見事に示されています。『文楽』では楽屋で団扇片手に出を待つ吉田文五郎丈、『北アルプスの山々』では山小屋の朝食風景などの余裕のあるスナップがあって、これらもこの文庫を楽しいものにしています。
そう遠くない過去の刊行物を手にとれる古書店は、いつも懐かしい場所です。■<101010>