上野義道ホームページ-「いまさら英語？」と言う人へ

家賃が高い…

相撲言葉に「家賃が高い」というのがある。家を借りても、家賃が自分の収入に比べて高すぎるといずれ払えなくなって、その家を他人に空け渡すことになる。この言葉はそういうことを指している。つまり力士が番付上で実力以上の地位を与えられると、出世に何より大切な、その地位への「定着」ができずに下位に陥落することを指している。今場所（2008年大阪場所）の新小結豪風＜たけかぜ＝尾車部屋＞がそうだ。前場所の前頭7枚目からいきなり小結になったのだから、出ると負けの無惨な星を残している。せっかく先場所敢闘賞をとったのに、今場所はほぼ全敗だ。同門の大関琴光喜＜ことみつき＝佐渡ヶ嶽部屋＞を破っているが、これは大関の方がどうかしている。
番付上の地位は力士本人の希望でなく与えられるものなのだから、これは本人を責めることではなくて、むしろ、番付編成面でも日本相撲協会の組織疲労が限界に来ているのを示している例でもあるが。

また、人間の才能で開花したものはいうまでもないが、その予兆のあるものも同じように周囲に後光（オーラ）を感じさせるから、ひとつの才能は周囲から異才、つまり異なった分野での才能を期待される。こうして求められた異才を発揮できないのも、家賃が高い結果を生む。
世の中には周りの人にそれとわかる番付はそう多くないが、誰でも実力不相応の場所に身をおけば、遅かれ早かれ、本人がそれに耐えられなくなって、その場所から出て行かなくてはならなくなる。かつてオリンピックのスプリンターが、あるプロ野球団のオーナーの気まぐれから、代走専門ということでユニホームを着たものの、終わりを全うできなかった。ラジオ・テレビのアナウンサーがマイクの前で、またお笑い芸人が高座でしゃべるからと、彼らが原稿や筋書きに忠実にしゃべっているだけなのに、話がうまいだろうと司会に狩り出したりしている。同様に航空会社の客室乗務員が、よその会社にまで出向いてエチケットやマナーの指導をするのも勘違いだ。いくら大会社の役員経験があっても、自動車会社の出身者に新しくできた銀行の社長は務まらないし、ノーベル賞の受賞者に教育審議会の委員が、学者や小説家に地方自治体の長が務まらないと同じだ。相撲のように、白星黒星の数で評価が出ないから、いまは何とかごまかしているのが多いが、失敗すれば、多くの場合、本来の才能まで過小評価されるから後悔の種は尽きない。

同じ組織内でも、製造担当の役員がいきなり営業担当のそれに鞍替えするなど、大企業にかつてあった（今でもあるかどうかは知らない）、家賃の高い人事は、部下を苦しめ、ロスも多い。
人間はたしかに素晴らしい才能を持っている。しかしその個々の才能はきわめて限られた分野のものであることを、忘れないでおこう。